企業広告に隠された利点

皆さんは、企業広告というものをどのくらい気にかけていますか?
正直に云って、あまり気にしていない方がほとんどではないかと思います。私も以前はまったく意識して見ていませんでした。製品の広告と違って、それで物が売れるわけでもないし、会社は企業広告を出すことで何か得をすることがあるのでしょうか。

▼企業広告のメリット

実は、こうした企業広告は、社会貢献活動、文化活動、経営理念などを外へPRしていくことによって“社会的信用を高める”という効果があります。つまり親密度や信頼度を高めて“自分の会社のファンになってもらう”ということです。いわゆるブランディングです。たとえば、人が同じ性能で同じ価格の製品を選ぶ場合、「環境に配慮している」とか「誠実で信頼できる」といった“自分が付き合える企業かどうか”で差をつけるからです。

企業広告は企業のイメージアップを図ることで、結果として自社製品の売上拡大に寄与することを狙っていますが、メリットはそれだけではありません。企業広告の効果は、例えば「あの会社だったら、働いてもいいな」といった優秀な人材の確保や「世間から立派な会社だと思われているし、自分も見合うように頑張らなくちゃ」といった従業員の意識にも充分な効果を発揮すると言われています。機械メーカーの村田製作所が、「あんたの会社、TVで見たわ〜」と盆と正月に実家へ帰省する社員が家族に認められるためにTVコマーシャルを流した、というのはあまりにも有名な逸話です。

企業広告はイメージの向上に繋がるほかに、【参入障壁】を築くことができるので、大きな組織ほど優先的に取り組みたい施策となります。資本力がないメーカーは、企業広告のコストを敬遠して対応が遅れがちになります。例えば、“社会貢献活動には興味のない金儲け主義のメーカー”というレッテルを貼られてしまい、競争力が大きく低下する可能性があります。

体力のあるリーダー企業は、こういった企業理念を真っ先に表明することで、“社会貢献活動に前向きなメーカー”という評価を得て、ライバルメーカーのイメージを相対的に低下させることができます。つまり、企業広告というものは費用がかかっても、長い目で見た場合には得策となるのです。

▼人は企業を無意識に“擬人化”している

いままでは、製品広告と企業広告は完全に分離した存在でしたが、最近では、製品広告と企業広告を一体としてとらえる発想が強まっています。医薬広告で言うと“C型肝炎”“疼痛”などの領域ごとで、企業広告を出すケースです。これらは、企業広告を一歩推し進めて、製品の売上に繋げることを想定しています。製薬企業も商売ですから、やはりいろいろなことを考えて、仕掛けを練っているのです。

医療用医薬品とユーザーの関係は、モノを売った買ったでは終わりません。人は潜在的に製薬企業を“擬人化”して見ています。企業をまるで有名人のように感じて、企業の行動や言動、雰囲気などから、その会社を人格化しているのです。会社のことを“法”とは良く言ったものです。製薬企業の人格は、医療従事者が製品を選ぶ際に、非常に重要な指針となります。

▼行動が企業のイメージを定着させる

では、ユーザーはどのようにして企業のイメージを擬人化していくのでしょうか?
大ヒット映画『バットマン・ビギンズ』の名科白にこういう言葉があります。

「人間は中身ではなく、行動で決まる」

製薬企業の多くは、その社会的責任を果たすために、CSR(corporate social responsibility)というものに取り組んでいます。例えば、森林再生プロジェクトや社会福祉への貢献、アンメットメディカルニーズに応えるといった活動です。しかし、口先だけなら誰にでも出来ます。結局、世間の人々に「この製薬企業は本当に社会に貢献しているなあ」と感じてもらえなければ失敗です。

▼どうしたら、信じてもらえるのか?

それは、企業の擬人化(人柄)に合った活動を行っているかどうかで決まります。つまり、企業イメージを反映した行動をとることが重要なのです。人々が抱く企業イメージとかけ離れた行動を取ると、人は必ず違和感を覚えます。

例えば、敵対的買収を繰り返して大きくなっているような会社が「弱者にやさしい社会の実現を目指します!」と言っても、偽善的に映ってしまいます。製薬企業は、自分たちのイメージを分析して、ユーザーの反応を想定した上で企業活動を展開していかなくてはなりません。

これを逆手に取れば、その製薬企業らしい活動をしっかり続けてさえいれば、それが世間に定着して高い評価へ繋がっていく、ということになります。

▼イメージと行動が合致した企業広告の良い例

参考に挙げたのはイーライリリー社の企業広告です。イーライリリー社は世界初のインスリン発売から90年以上、糖尿病患者を支えてきました。こういう企業に「社員の日々の活動を通じ、これからも糖尿病治療のベストパートナーを目指します」と言われると、なるほどそうか、と感じざるを得ません。

終始一貫して、その製薬企業らしい行動をコツコツと続けることが、将来的な企業イメージの定着に繋がり、ブランディングの成功になるという事例です。

▼エスタブリッシュ医薬品とは?

最近の事例では、ファイザー社の企業広告が面白いです。「エスタブリッシュ医薬品」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
【Establish】とは、設立する、創立する、打ち立てる、といった意味の言葉です。「エスタブリッシュ医薬品」という言葉は、ファイザー社がブランディングの一環として作り出した造語です。

ファイザーはホームページで、エスタブリッシュ医薬品を以下のように解説しています。

エスタブリッシュ医薬品とは、「大切に、長く使われていく標準的な治療薬」です。
長期の臨床使用経験に基づき効果と安全性の評価が確立されており、今後も長く使われていく標準的な治療薬です。特許期間が満了した「長期収載品」と「後発医薬品」が含まれ、標準治療に必須の医薬品として重要な役割を担っています。

要約すると、医薬品というのは、長く使われれば使われるほど、有効性や安全性についてのデータが蓄積されて、安心感・信頼感が高まっていきますよ、ということです。これって、言われてみれば当たり前のことで、どの企業も同じような気持ちで取り組んでいることだと思うのですが、それを最初に【言葉】としてパッケージ化して、目に見えるカタチにしたというところが高度なマーケティング戦略なのです。

▼ブランドが人を動かし、社会を動かす

日本の後発医薬品のシェアはまだ低い状態ですが、政府が「平成32年度末までにシェア80%以上」という目標を掲げている以上、ジェネリックに対する優遇措置や促進のための施策は、今後もまだまだ続くものと考えられます。

最終的に同じ成分の薬が(添加物の違いなど、厳密に言うと全く同じではありませんが)横並びになった時点で、どこで争うかというと、それは【ブランド力】になってくると思います。つまり、何らかの「付加価値」です。機能や性能が同じなら、多くの人はブランド力のあるメーカーの製品を欲しいと思うでしょう。

ファイザーは、後発医薬品(ジェネリック医薬品)対策として、自社の長期収載品とジェネリックのことを「エスタブリッシュ医薬品」と呼んで、主力製品の“ブランド化”を打ち立てているわけです(他社も「アドバンスジェネリック」や「プレミアムジェネリック」、「エキスパートジェネリック」などと呼んで追従しています)。

製薬会社のブランドとは、ユーザーの立場から考えれば、実際に使用した製品、広報活動、広告などを通じて、その人の中で構築されるイメージの総体です。

一方、製薬会社にとってみれば、ブランドとは事業内容そのもののことを指す場合が多いです。ブランドとは、企業理念や存在意義を凝縮したものであり、社会との接点です。

医薬品のブランディングとは、独立して存在するものではなく、世の中との関わりを示すことで初めて成立するものです。企業の方向性を掲げるだけでなく、社会における製薬会社の役割をきっちりと提示することで、製品の価値が明確になり、市場へ浸透し、消費者へ共有されやすくなります。

ブランディングの最終目的は、単なるイメージ戦略ではなく、“人の心を動かし、市場を動かし、社会を動かして、好循環を創造すること”にあります。社会にとって有意義なブランドであれば、そこに関わる人は、そのブランドを応援してくれます。利用者の満足度を高めることで、競争に巻き込まれることが減り、ブランドへの信頼感は、中長期的な収益に繋がっていきます。そして社会的な評判は、新規の優良顧客を生み出しやすくしてくれるのです。

 

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